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      <title><![CDATA[シゲタケ・オン・デマンド]]></title>
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         <title>ミニマムな表現の代償－映画『ドライブ』</title>
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ミニマムな表現の代償－『ドライブ』作品評価☆☆☆（満点は☆４つ）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　文・転坊

　本作が強調しているのは、ミニマムな表現である。寡黙な主人公、多くを語らない女性、少ない台詞、決して長くない上映時間。にも関わらず登場人物の数は多く、その大半が死んでしまう。物語は起伏に富んでおり、飽きさせない。ミニマムなのにドラマチック、そのことを可能にした本作は高く評価されるべきであり、そのために払った代償も見逃されてはならない。
　車の修理工場で働きながらカースタントのアルバイトをこなす主人公は、犯罪の逃走を手助けする仕事も請け負っている。最初は観客にとって彼の素性は謎に満ちている。何を考えているのか、彼をよく知る人間にも、彼自身にもわからない。しかし彼が恋をし、敵に立ち向かう過程で、彼が独自の美学をもっているかといえばそうではなく、意外な作戦があるのかといえばそうではない、ということが分かってくる。運転技術だけが武器、というシンプルな主人公ですが、他は情に厚い、ハリウッドによくいるヒーローである。だからこそ終盤のドンパチが盛り上がるが、ミステリアスな部分がなくなるにつれ、本作はどんどん普通の映画になっていく。ミニマムなのにドラマチックということは、つまり既成の表現や枠組みに依拠しており、観客に、ここはよく知っているああいう感じです、と暗示していることにもなる。
　他方で、ミニマムであるが故に不完全燃焼な部分もある。本作の主人公はカースタントを生業の一つにしているのだが、この設定は本作を一種のメタフィクションにする。映画の登場人物として車を運転するという点では、主人公も主人公を演じるライアン・ゴズリングも同じである。主人公が、主演俳優のマスクをかぶってクライマックスに登場する人物では、マスクの効果によって、ここで活躍している人物は誰であるのかという疑念を抱かせるほど複雑な構造を提示している。しかし、これらの設定がいわば遊びの一種としてしか位置づけられておらず、映画全体に影響を与えるには至っていない。本筋はあくまで敵との戦いであり、カースタントをこなしているという設定は、運転技術が上手いことを示す方法の一つにとどまっている。恋の相手との進行を描くのであれば、車の修理工としての主人公を描くのが本筋であるのはわかるが、死んでも責任を問わないというカースタントの契約場面といい、本作そのものの構造を揺るがしうる場面が多くあるのにもったいないという印象だ。
　本作はミニマムであるが故のかっこよさにあふれている。でも同時にミニマムであるが故に、普通の映画より既存の物語に依拠する部分が増えたり、面白い設定を脇に置かざるを得なかった。ミニマムであるが故に過剰な何かが溢れだす、そんなミニマムさが見たい。

公式サイト
http://drive-movie.jp/

<iframe width="560" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/kc2D68QsAnQ" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

◇関連作品◇
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]]></description>
         <pubDate>Tue, 17 Apr 2012 18:57:51 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=255</guid>
      </item>
      
      <item>
         <title>演じられたアメリカ人－『アーティスト』</title>
         <link>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=254</link>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.shigetake-on-demand.com/images/20120416200425.jpg" rel="lightbox"><img src="http://www.shigetake-on-demand.com/images/20120416200425_m.jpg" width="200" height="100" alt="コラム160.jpg" border="0" /></a>

演じられたアメリカ人－『アーティスト』作品評価☆☆（満点は☆４つ）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　文・転坊

　アカデミー賞作品賞を受賞したという事実がなければ、素通りしていた作品だったと思う。懐古的な作品でないとすれば、本作はなぜサイレント映画として撮られたのだろうか。技術革新に溺れた現在のハリウッドへのカウンターと捉えるむきもあるようだが、技術革新があったからこそ、2010年代に本作を制作することが可能となったのである。最新の技術を使ってサイレント映画を作る意味とは、現在の役者を使って過去の役者を演じる意味とは、アメリカ人でない俳優を使ってアメリカ人を演じる意味とは何だろうか。
　ジャン・デュジャルダン演じる主人公は、サイレントからトーキーへという流れの中で、サイレントに固執し取り残されてしまう。本作は主人公の境遇と映画界の変遷を重ね合わせ、サイレント映画を肯定する。しかし、主人公はアーティストを自認しているが、彼がこだわっているのはサイレントという形式ではなく自分の名声である。自分が認められる場所こそ、彼が求めているものなのである。だからトーキーに限らず、新しい技術が彼を認めたなら、彼がサイレントにこだわるとは思えない。この軽薄さは、彼の人物造形を軽やかに親しみやすくするものであって否定的に捉えるべきものではないが、彼がアーティストであることにこだわる設定には疑問がある。他方で本作自体はかつてのサイレント映画にこだわる。だが、監督自身が言うように表情といった表現手段の豊かさがサイレント映画の魅力であるとすれば、カラーで、３Dでサイレント映画を作ればよいのであって、かつてのサイレント映画を再現する必然性はない。
　すなわち、本作の退屈さはどこかにあったはずの名作を再現している点にある。主人公の悲しみは、個人のそれではなく、かつてのアメリカ人、アメリカ人俳優、アメリカ映画がもつ一般的、抽象的な悲しみである。フランス人であるジャン・デュジャルダンが台詞を封印して再現しているのは、かつてのアメリカ人一般なのである。彼は恋人のアイデアによってハッピーエンドととれる結末を迎えるが、もし彼が一人の人間であるならば、映画界から疎外された俳優として、ささやかな愛情とともに生きていくこともできただろう。しかし本作は彼を映画界に呼び戻す。なぜなら彼自身が映画界そのものであり、それ以上の存在でないからである。
　本作を見てかつてのアメリカ人やアメリカ映画(人)がどのように感じたかは、アカデミー賞の受賞結果に表れている。個人的には、映画は技術革新で生まれ、技術革新によって古びていくものだと思う。サイレント映画が現代にも通用するのであれば、かつての映画を現在の映画館で上映すればよい。サイレントという表現方法が素晴らしいのであれば、現在の技術とともに使えばよい。変化を肯定できない自分たちを肯定するために、アメリカ人を演じさせる必要はないのだ。
公式サイト
http://artist.gaga.ne.jp/

<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/3Bj4Njfx4l4" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

◇関連作品◇
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=httpwwwshiget-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B001671JEW&ref=tf_til&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>
サイレント映画へのオマージュではないが、ウディ・アレン監督の方が映画への愛のアプローチが上手か！？
まだ観ていない方は、是非。]]></description>
         <pubDate>Mon, 16 Apr 2012 20:10:13 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=254</guid>
      </item>
      
      <item>
         <title>森田芳光アワー－『僕達急行　Ａ列車で行こう』</title>
         <link>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=253</link>
         <description><![CDATA[<a href="http://shigetake-on-demand.com/images/20120330124719.jpg" rel="lightbox"><img src="http://shigetake-on-demand.com/images/20120330124719_m.jpg" width="200" height="133" alt="コラム159.jpg" border="0" /></a>

森田芳光アワー－『僕達急行　Ａ列車で行こう』作品評価☆☆☆（満点は☆４つ）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　文・転坊

　これが遺作でよかった、と思う。多様なジャンルを手がけ(未見多数)、その全てが評価されているとはいえない森田芳光は、やはり質的に特異な、量的に圧倒的な才能の持ち主であったとわかる。表層的な台詞のやりとりは決して表面的なユーモアを描こうとしたわけではなく、世界全体を画面に収めようとする試みであったといえる。
　棒読みの割り当てられた台詞と、ずれたやり取りを聞くと、本作が通常のドラマではないことに気づく。片方が台詞を言うと、相手が返し、一定の不自然なリズムが続く。だから感情的な物語や余韻が残らないようにも思える。瑛太と松山ケンイチの二人はとても打ち解けているようには思えないし、彼らの恋愛対象となる女性たちも「～だわ」という語尾によってステレオタイプを演じさせられている。一見すると下手で退屈な会話なのに、時々真摯な感情が噴き出す。二人がゆで卵で酒を飲むシーンは、それだけで彼らがお互いに気のおけない仲であることを理解させる。会社での自分とプライベートの自分、普通の映画がこれらを描き分け、後者を重視するのに対し、本作は両者をフラットにつなぐことによって、独特の平面を生み出している。
　時代背景も独特だ。一昔前の映画を思わせる画面の質感、服装に支配されているかと思えば、狭い畳の部屋にルンバが二台あり、部屋を掃除するルンバを箒で掃いて援護する。二人の会社(大手不動産会社と町工場)、二人の住居(高層マンションと社員寮)が異なる時代を代表し、全体的にはどことなく1980年代の雰囲気が漂う。様々な時代がごった煮になった本作の雰囲気は、旧型の車両と最新車両が同じ線路を走る鉄道と重なる。次々と高層マンションが建つ東京と疲弊する地方も、複数の路線が集結する東京の操車場と地方の単線に置き換えることができる。松山ケンイチ演じる鉄道好きの青年は、車窓の風景が好きという理由からむしろ地方を好んでいるが、彼のもつ雰囲気は非常に都会的だ。今と昔、都会と地方、二項対立として描かれるはずのものが一人の人間の中で同居し、映画全体で混ざり合う。
　ただ一つ要望があるとすれば、本作のテーマである鉄道に対しもっと多様な見方を提示してほしかった。音を聞いただけで車両がわかる瑛太に対し、松山ケンイチは電車の音を聞かず音楽を聴いて車窓の風景を楽しむ。本作はいわゆる鉄道好きを主人公にしつつ、物にこだわる彼らの姿勢を相対化している。では鉄道とは登場人物たちにとって、世界にとって何であるのか、そこをもっと追究してもよかったのではないか。そうすれば鉄道を通じて世界とつながる主人公たちを肯定的に描きつつ、彼らを相対化する作品になったように思われる。
　瑛太と松山ケンイチを始め、形式的で表層的な演技を強いられているにも関わらず、彼らの個性がいかんなく発揮されている。脇役に至るまでみんなが作品の世界を生きる、それこそ森田芳光が作り出す時間なのだ。
公式サイト
http://boku9.jp/index.html

<iframe width="560" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/bjpK4SZVNbs" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

◇森田芳光監督作品◇
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森田監督と高田文夫の師弟関係を描いた自伝的、長編デビュー作。
天ぷらそばが食べたくなります。

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劇中終盤、最後の晩餐を彷彿させる食卓で、マヨネーズを振り回し、
桑畑三十朗の様に立ち去る松田優作に拍手喝采！

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ネット上で出会った男女を描く純愛映画。
ハリウッド映画ユーガットメールよりも断然早いハル。

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向田邦子原作ドラマを、森田式に再構築。隠れた名作。



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         <pubDate>Fri, 30 Mar 2012 12:48:54 +0900</pubDate>
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      </item>
      
      <item>
         <title>飛び出す列車と３Ｄ－『ヒューゴの不思議な発明』</title>
         <link>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=252</link>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.shigetake-on-demand.com/images/20120318112728.jpg" rel="lightbox"><img src="http://www.shigetake-on-demand.com/images/20120318112728_m.jpg" width="200" height="133" alt="コラム158.jpg" border="0" /></a>

飛び出す列車と３Ｄ－『ヒューゴの不思議な発明』
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　作品評価☆☆☆☆（満点は☆４つ）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　文・転坊

　「列車の到着」を見て、画面から飛び出してくるのではないかと思わず身をよける人々、彼らと同じ驚きと興奮を３Ｄを使って観客に味わってもらいたい、そんなスコセッシの願いが伝わってくる。むろん映画という仕掛けを知らないかつての人々と、３Ｄの仕組みを知っている現代の我々では、興奮の度合いも中身も異なる。しかし本作は巧みな３Ｄの映像を使って、画面の向こうに世界があり、その世界に手が届く喜びを再現している。
　雪と煙と歯車、この三つがヒューゴの住む駅に我々を誘う。雪は絶妙なスピードでひらひらと画面の向こうからこちら側へ舞い落ちる。一定の速さではなく、思わず掴みたくなるほど自然なスピードなのだ。汽車の吐き出す蒸気も同じである。こちらは煙突が煙を吐いたと思ったら、一気に観客席に迫ってくる。雪と煙でいつの間にか観客を画面の中に誘い込むと、幾重にも重なる歯車がヒューゴが寝泊まりする時計台の奥へ案内してくれる。時計台は歯車で構成されていて、ヒューゴが歯車をいじるたびに、手前から一枚目、二枚目、三枚目と奥へ奥へ進んでいく。ヒューゴの父が残した機械人形も歯車でできており、時計台と相似形をなす機械人形をヒューゴが修復する過程においては、ヒューゴの目線で機械人形の体内に連れて行かれる。
　３Ｄが素晴らしいのは風景描写だけではない。顔のアップを３Ｄでここまでうまく表現した映画があっただろうか。画面が奥へ動き、こちらに迫ってくる場面で３Ｄが活躍することは周知のとおりであるが、役者が台詞を語る表情をうまくとらえた映画はなかったように思う。特に３Ｄの効果を意識しないまま無造作に役者の表情が飛び出す、あるいは２Ｄとほぼ同じ状態になっていた作品もあった。しかし本作でヒューゴやメリエスが語るシーンでは、丸みを帯びた登場人物の顔が、絵本の挿絵のように空中に浮かび上がる。飛び出した表情は、リアリズムに裏打ちされたサイズではないが故に作品の世界観を壊すことがない。
　本作で最も感動的なのは、ヒューゴによって過去を肯定するメリエスが、水中のシーンを撮影する場面である。被り物をした役者がぎこちない動きをする前に水槽を置き、エビや魚を落下させ水中であることを演出する。エビや魚が３Ｄで現代の我々の眼前を舞うとき、観客に魔法をかけようとしたかつての映画製作者たちが、３Ｄという現代の魔法によって我々の前に現れるのだ。魔法をかける彼ら自身が映画の世界の住人であるという、本作の入れ子構造が、この場面に凝縮されている。
　物語の展開がややぎこちないのも、ヒューゴが修理する機械と同じだと思えば気にならない。映画とはぎこちない機械とぎこちない魔法が生み出すものだと、滑らかな３Ｄを使った本作は語りかけてくる。

公式サイト
http://www.hugo-movie.jp/
<iframe width="560" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/JZYSUYusWWo" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

◇関連作品◇
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         <pubDate>Sun, 18 Mar 2012 11:31:02 +0900</pubDate>
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      </item>
      
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         <title>スピルバーグの様式－『戦火の馬』</title>
         <link>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=251</link>
         <description><![CDATA[<a href="http://shigetake-on-demand.com/images/20120315231405.jpg" rel="lightbox"><img src="http://shigetake-on-demand.com/images/20120315231405_m.jpg" width="200" height="134" alt="コラム157.jpg" border="0" /></a>

スピルバーグの様式－『戦火の馬』作品評価 ☆☆☆（満点は☆４つ）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　文・転坊

　観始め、観終っても、困惑した気持ちが消えることはなかった。本作は徹底した様式へのこだわりに貫かれている(某映画雑誌のインタビューによればジョン・フォードを意識したそうだが)。一言でいえば、かつての映画なのである。しかし本作は紛れもなく2010年代に撮られた作品である。第一次大戦を舞台にしている、というだけではない理由や意味があるのだろうが、それを見出せた自信はない。
　緑の草原を鳥瞰する映像から、主人公の青年と馬が出会い、心を通わせ、サラブレッドでありながら農耕馬として働くことで一家を支える様子が一気に描かれる。いつものスピルバーグなら、ここに小さなサスペンスを仕掛け、もっと滑らかに物語を進めるだろう。しかし本作では青年の一家を不幸が襲うタイミングはやや唐突であり、不幸に見舞われた父や母が口にする台詞は何かを代弁しているように教訓的であり、一家に圧力をかける地主もどこか類型的である。時折現れるコミカルなシーンでも、アヒルの存在、青年を嘲笑しつつ支える近所の人たち、彼らが割って入るタイミングがなんというか型どおりなのだ。映画が進むにつれてこれはもちろん失敗などではなく、スピルバーグの戦略であることに気付く。昔風の映画が撮りたかったのだと、昔の映画を知らない観客にも分かるのである。
　他方で、戦闘シーンや馬そのものの撮り方はリアルである。「プライベート・ライアン」のようなこれ見よがしなリアルさではなく、戦闘という名のもとに、生身の人間と馬が機関銃を始めとする近代兵器に殺されたのが第一次世界大戦である。同時に近代兵器を動かすために人間や馬が使われたのである。兵器一つ一つの描き方、混沌とした戦場でドラマを演出する方法、どれを撮ってもスピルバーグの右に出る者はいない。馬の描き方も素晴らしい。人間に飼われ、人間を助けるだけの存在ではなく、馬自身が不定形な感情をもっていることを強調するために、目を中心に微妙な表情の変化を捉えている。原題の「war horse」は軍馬、すなわち兵隊である。ジョーイは戦場を華麗に駆けるわけではない。駆けだした途端鉄条網に引っかかり、動けなくなってしまう。脱走兵が結局戦場から逃げ出すことができないように、馬も容易に故郷に帰ることはできない。人間と馬を直截に重ね合わせる演出は力強く、観客を引き込む。
　本作の力強さは、素朴な画面や演出にある。だがそれは往年の映画の様式にこだわることで実現されたのだろうか。本作の画面にはCGを使ってまできれいに舞わせた雪と同時に、リアルに映し出された馬の瞳がある。これはいずれもスピルバーグの傑出した演出によって存在しうるものだ。だからこそリアルさにだけこだわって本作を作ったなら、どんな映画になったかと思わざるを得ない。同時にそのような作品であったなら、そもそも今作る価値はなかったのかもしれない。

公式サイト
http://disney-studio.jp/movies/warhorse/home/index.jsp

<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/fDcgiWxF5fU" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

◇関連作品◇
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=httpwwwshiget-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B004S98D4Y&ref=tf_til&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=httpwwwshiget-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B003V27T9E&ref=tf_til&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>
]]></description>
         <pubDate>Thu, 15 Mar 2012 23:26:20 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=251</guid>
      </item>
      
      <item>
         <title>世界は意味をなさない－『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』</title>
         <link>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=250</link>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.shigetake-on-demand.com/images/20120308023630.jpg" rel="lightbox"><img src="http://www.shigetake-on-demand.com/images/20120308023630_m.jpg" width="200" height="112" alt="コラム156.jpg" border="0" /></a>

世界は意味をなさない－『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』
作品評価☆☆☆☆（満点は☆４つ）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　        文・転坊

　映画を見ている間ずっと、アメリカとはこういう国だ、と語りかけられているようだった。アスペルガー症候群を疑われる主人公の少年は、9.11以後のアメリカそのものである。対テロ戦争を経験してもなお想像力や対話を通じて他者とつながることができる、そんな確信を提示すると同時に一片の疑いを差し挟む、見事なバランス感覚を伴った作品である。
　主人公の少年は” It doesn’t make sense” と言いながら、世界の意味を探し続ける。9.11で死んだ父は、少年の特性を見抜いて、息子の目の前に広がる世界に意味づけをしてきた。だが父親が死んだ後、彼は一つの鍵を頼りに父が死んだことの意味、それでも世界があることの意味を探さなければならない。意味づけの仕掛けが見事である。鍵、ブラックという言葉、二つ手がかりを与えてしまえばそれは線になってしまう。二つ目の点は少年自身が任意に設定できる点が重要なのだ。鍵に合うカギ穴を探す旅は、少年をアメリカという国がもつ多様性へと導く。人種、障害、性別など多種多様な属性持った、マイノリティーと呼ばれる人々との出会いを通じて、自分が住んでいる世界がどれくらい混沌とした、広がりをもった場所なのかを理解する。少年の特性と、呼び鈴を鳴らし続けたり唐突にハグを申し出る行動によって旅が可能となる点も巧みだ。少年は一見すると他者への想像力を部分的に欠く性質をもちながら、その性質故に通常つながりえない他者と出会うことができるのである。
　少年が出会う最も手ごわい他者が死者である。死んだ父親はもちろん、彼が旅先で出会う人々は身近な人の死を抱えており、ニューヨーク全体が9.11による死の影を背負っている。高層ビルの地下に長く伸びる死者のためのビルを構想する冒頭から始まり、ニューヨークの第6行政区を探すエピソードも見事である。本作でいう第6行政区とは死者が住む場所であり、今はグラウンドゼロとして生きる者とつながる9.11の現場も、何百年後には第6行政区のような存在になっている可能性もあるのだ。歴史に関わる遠大な死者との距離に加え、8分間の比喩で表現される距離も的確だ。太陽が爆発してから、そのことに気づくまでの8分間は、彼が父親からの留守電を聞くまでの時間であり、父親の死を受け入れるまでの時間である。本作は二つの距離を組み合わせながら、少年自身の中に死者の居場所ができる過程を描き出している。
　本作は多種多様な仕掛けを使って、他者への想像力が可能であること、それが死者にも及びうることを示す。しかもきわめてわかりやすく、ドラマチックな形で見せる。本作に対する批判がありうるとすれば、このリベラルな想像力の楽観的な態度への批判かもしれない。だが本作はアメリカ自身を少年に投影することによって、9.11以後のアメリカが他者との距離を測る能力を欠いているのではないか、という疑いを差し挟む。しかし同時にそのような特性をもっているからこそ他者とつながることができるのではないか、と語りかけているように思われる。


公式サイトアドレス
http://wwws.warnerbros.co.jp/extremelyloudandincrediblyclose/index.html

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◇原作本◇
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=httpwwwshiget-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4140056037&ref=tf_til&fc1=000000&IS2=1<1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>

◇スティーヴン・ダルドリー監督作品◇
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=httpwwwshiget-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B002TEYRSG&ref=tf_til&fc1=000000&IS2=1<1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>
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]]></description>
         <pubDate>Thu, 08 Mar 2012 00:04:08 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=250</guid>
      </item>
      
      <item>
         <title>転坊×シゲタケ第84回アカデミー賞全ノミネート完全予想対決2012</title>
         <link>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=249</link>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.shigetake-on-demand.com/images/20120222021248.jpg" rel="lightbox"><img src="http://www.shigetake-on-demand.com/images/20120222021248_m.jpg" width="200" height="127" alt="アカデミー賞完全予想対決2012.jpg" border="0" /></a>

転坊寸評
　今回のアカデミー賞は何といってもゲイリー・オールドマンのノミネートに尽きる。ニック・ノルティとともに、ハリウッドに貢献してきた名優がどう評価されるのか。『ヒューゴの不思議な発明』が賞全体のカギを握るように思うが、公開前なのが何とも恨めしい。加えて台風の目になりそうなのが『ヘルプ～心をつなぐストーリー～』。ノミネートの数からも一定水準以上の作品であることがうかがわれる。本命があるようでない、面白い年なので楽しみに授賞式を待ちたい。

シゲタケ寸評
今年のオスカーは、『アーティスト』が、もろもろ掻っ攫っていくんだろうなと、思いきや、本命は、『ヒューゴの不思議な発明』なんですね。意外！
個人的には、小品ながらも名作『マネ―ボール』のブラット・ピットに最優秀主演男優賞を！ついでに、助演のジョナ・ヒルにも！
そのまたついでに、ウディ・アレンに監督賞を！
どう考えても、『ミッドナイト・イン・パリ』は大した作品ではないと思いますが、
何故！？作品賞ノミネート・・・？主役のオーウェン・ウィルソンは、大根だろ。
まァ、私的な感情は抑えまして。2月26日は、ウディ先生には、パブでのクラリネットの演奏を控えてもらって、是非とも授賞式ご参加を。確か、2002年には特別に参加しましたかね。10年ぶりの出席期待してます。
この予想対決、毎年やってて思いますが、ノミネート作品全部観てから一回やりたいね。
まったく。

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第84回アカデミー賞全ノミネート完全予想対決2012

転坊→（転）シゲタケ→（重）

作品賞 / Best Picture

『アーティスト』（転）
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『ファミリー・ツリー』

『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』

『ヘルプ ～心がつなぐストーリー～』

『ヒューゴの不思議な発明』

『ミッドナイト・イン・パリ』

『マネーボール』（重）
<iframe width="560" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/ThVFh1NhvWg" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
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『ツリー・オブ・ライフ』
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『戦火の馬』

監督賞 / Directing

ミシェル・アザナヴィシウス
――『アーティスト』

アレクサンダー・ペイン
――『ファミリー・ツリー』

マーティン・スコセッシ　（転）
――『ヒューゴの不思議な発明』

ウディ・アレン
――『ミッドナイト・イン・パリ』（重）

テレンス・マリック
――『ツリー・オブ・ライフ』

主演男優賞 / Actor in a Leading Role

デミアン・ビチル
――『明日を継ぐために』

ジョージ・クルーニー
――『ファミリー・ツリー』
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ジャン・デュジャルダン
――『アーティスト』

ゲイリー・オールドマン（転）
――『裏切りのサーカス』
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ブラッド・ピット
――『マネーボール』（重）

主演女優賞 / Actress in a Leading Role

グレン・クローズ
――『アルバート・ノッブス』

ヴィオラ・デイヴィス
――『ヘルプ ～心がつなぐストーリー～』
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ルーニー・マーラ　（重）
――『ドラゴン・タトゥーの女』

メリル・ストリープ　（転）
――『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』

ミシェル・ウィリアムズ
――『マリリン 7日間の恋』
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助演男優賞 / Actor in a Supporting Role

ケネス・ブラナー
――『マリリン 7日間の恋』
ジョナ・ヒル　（重）
――『マネーボール』
ニック・ノルティ　（転）
――『ウォーリアー（原題） / Warrior』
クリストファー・プラマー
――『人生はビギナーズ』
マックス・フォン・シドー
――『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』

助演女優賞 / Actress in a Supporting Role

ベレニス・ベジョ
――『アーティスト』
ジェシカ・チャステイン　（転）
――『ヘルプ ～心がつなぐストーリー～』
メリッサ・マッカーシー
――『ブライズメイズ（原題） / Bridesmaids』
ジャネット・マクティア　（重）
――『アルバート・ノッブス』
オクタヴィア・スペンサー
――『ヘルプ ～心がつなぐストーリー～』

長編アニメ賞 / Animated Feature Film

・『パリ猫の生き方』
・『チコ＆リタ（原題） / Chico ＆ Rita』
・『カンフー・パンダ2』
・『長ぐつをはいたネコ』
・『ランゴ』重　（転）

 外国語映画賞 / Foreign Language Film

・『ブルヘッド（英題） / Bullhead』ベルギー
・『フットノート（英題） / Footnote』イスラエル
・『イン・ダークネス（英題） / In Darkness』ポーランド　（転）
・『ぼくたちのムッシュ・ラザール』カナダ
・『別離』イラン　（重）
 
脚本賞 / Writing（Original Screenplay）

・ミシェル・アザナヴィシウス　（転）
――『アーティスト』
・アニー・ムモーロ / クリステン・ウィグ
――『ブライズメイド（原題） / Bridesmaid』
・J・C・チャンダー
――『マージン・コール（原題） / Margin call』
・ウディ・アレン　（重）
――『ミッドナイト・イン・パリ』
・アスガー・ファルハディ
――『別離』
 
脚色賞 / Writing（Adapted Screenplay）

・アレクサンダー・ペイン / ナット・ファクソン / ジム・ラッシュ
――『ファミリー・ツリー』
・ジョージ・クルーニー / グラント・ヘスロヴ / ボー・ウィリモン
――『スーパー・チューズデー ～正義を売った日～』
・スティーヴン・ザイリアン / アーロン・ソーキン
――『マネーボール』　（重）
・ブリジット・オコナー / ピーター・ストローハン
――『裏切りのサーカス』
・ジョン・ローガン
――『ヒューゴの不思議な発明』（転）
 
視覚効果賞 / Visual Effects

・『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2』
・『ヒューゴの不思議な発明』（転）
・『リアル・スティール』
・『猿の惑星：創世記（ジェネシス）』（重）
・『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』

 音響編集賞 / Sound Editing

・『ドラゴン・タトゥーの女』（重）
・『ドライヴ』
・『ヒューゴの不思議な発明』
・『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』
・『戦火の馬』（転）
 
撮影賞 / Cinematography

・ギョーム・シフマン
――『アーティスト』
・ジェフ・クローネンウェス
――『ドラゴン・タトゥーの女』
・ロバート・リチャードソン　（転）
――『ヒューゴの不思議な発明』
・エマニュエル・ルベツキ
――『ツリー・オブ・ライフ』
・ヤヌス・カミンスキー　（重）
――『戦火の馬』

 美術賞 / Art Direction

・『アーティスト』（重）
・『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2』
・『ヒューゴの不思議な発明』（転）
・『ミッドナイト・イン・パリ」
・『戦火の馬』
 
編集賞 / Film Editing

・『アーティスト』（重）
・『ファミリー・ツリー』
・『ドラゴン・タトゥーの女』（転）
・『ヒューゴの不思議な発明』
・『マネーボール』
 メイクアップ賞 / Makeup
・『アルバート・ノッブス』
・『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2』（重）
・『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』（転）
 
衣装デザイン賞 / Costume Design

・『アノニマス（原題） / Anonymous』
・『アーティスト』（重）
・『ヒューゴの不思議な発明』（転）
・『ジェーン・エア』
・『ダブリュー・イー（原題） / W.E.』
 
ドキュメンタリー長編賞 / Documentary（Feature）

・『ヘル・アンド・バック・アゲイン（原題） / Hell and Back Again』
・『イフ・ア・ツリー・フォールス: ア・ストーリー・オブ・ジ・アース・リベレーション・フロント（原題） / If a Tree Falls: A Story of the Earth Liberation Front』（転）
・『パラダイス・ロスト3: パーガトリー（原題） / Paradise Lost 3: Purgatory』
・『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』（重）
・『アンデフィーテッド（原題） / Undefeated』
 
ドキュメンタリー短編賞 / Documentary（Short Subject）

・『ザ・バーバー・オブ・バーミンガム：フット・ソルジャー・オブ・ザ・シビル・ライツ・ムーブメント（原題） / The Barber of Birmingham: Foot Soldier of the Civil Rights Movement』（転）
・『ゴッド・イズ・ザ・ビガー・エルヴィス（原題） / God Is the Bigger Elvis』
・『インシデント・イン・ニュー・バグダッド（原題） / Incident in New Baghdad』
・『セイビング・フェイス（原題） / Saving Face』
・『津波そして桜』（重）

 歌曲賞 / Music（Original Song）

・「リアル・イン・リオ」（重）
――『ブルー　初めての空へ』
・「マン・オア・マペット」（転）
――『ザ・マペッツ（原題） / The Muppets』
 
作曲賞 / Music（Original Score）

・ルドヴィック・ブールス　（重）
――『アーティスト』
・ジョン・ウィリアムズ
――『戦火の馬』
・ジョン・ウィリアムズ　
――『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』
・アルベルト・イグレシアス
――『裏切りのサーカス』
・ハワード・ショア　（転）
――『ヒューゴの不思議な発明』
 短編アニメ賞 / Short Film（Animated）
・『ディマンシェ/サンデー（原題） / Dimanche/Sunday』
・『ザ・ファンタスティック・フライング・ブックス・オブ・ミスター・モリス・レスモア（原題） / The Fantastic Flying Books of Mr. Morris Lessmore』
・『ラ・ルナ（原題） / La Luna』
・『ア・モーニング・ストロール（原題） / A Morning Stroll』（転）
・『ワイルド・ライフ（原題） / Wild Life』（重）
 
短編実写賞 / Short Film（Live Action）

・『ペンテコステ（原題） / Pentecost』
・『ラジュ（原題） / Raju』（重）
・『ザ・ショア（原題） / The Shore』（転）
・『タイム・フリーク（原題） / Time Freak』
・『チューバ・アトランティック（原題） / Tuba Atlantic』

 音響賞 / Sound Mixing

・『ドラゴン・タトゥーの女』（重）
・『ヒューゴの不思議な発明』（転）
・『マネーボール』
・『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』
・『戦火の馬』
]]></description>
         <pubDate>Wed, 22 Feb 2012 02:26:07 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=249</guid>
      </item>
      
      <item>
         <title>肉体と論理と時間－フィンチャー版 映画『ドラゴン・タトゥーの女』</title>
         <link>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=248</link>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.shigetake-on-demand.com/images/20120214191432.jpg" rel="lightbox"><img src="http://www.shigetake-on-demand.com/images/20120214191432_m.jpg" width="200" height="112" alt="コラム155.jpg" border="0" /></a>

肉体と論理と時間－『ドラゴン・タトゥーの女』作品評価☆☆☆（満点は☆４つ）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　文・転坊

　長大な物語を一本の映画にまとめ上げ、かつ謎解きの面白さを残し、肉体描写を通じて新たな骨組みを与えた。原作は未読であるものの、このストーリーならこの構成しかありえないのではないかと思うくらいよくできた脚本と映像である。しかし、それでもなお捨象した部分を感じさせるところに本作の限界がある(以下、ややネタバレあり)。
　デビッド・フィンチャーの方針は、007ばりのスタイリッシュなオープニングに表現されている。近代化の象徴ともいえる石油を思わせる液体が人の肉体を作り上げ、出来上がった肉体は互いに交わり、ぶつかり、破壊され再生する。黒い陰謀にまみれた一族の直接的な比喩でもある肉体を、テクノロジーを駆使した推理が突き抜けようとするものの、結局黒い肉体に回収されてしまう。スウェーデンの近代化を支えてきた一族の裏には、肉体的な黒い欲望が存在し、肉体を置き去りにした近代を、人間の肉体が象徴的に誕生した時代へと引きずり下ろす。本作が最も優れているのは、事件の核心に隠された肉体の蠢きを、回想シーンではなく、探偵役である記者と調査員の肉体で表現した点にある。探偵役の二人は現代的なネットワークを駆使し、論理的に事件の真相に迫るが、その一方で自らの肉体にまとわりつく痛みや暗さと対峙している。残虐なシーンや過激なシーンが、観客にインパクトを与えるだけでなく、謎解きと二人(と一族)のアイデンティティーの中核たる機能を果たしている。
　肝心の謎解きの過程は、動かぬ証拠を組み合わせることによって非常に分かりやすく整理されている。問題の一日を何度も回想するのではなく、新聞記事、インターネット検索、古い写真など一見すると映画にそぐわない資料的証拠を何度も見せつけることによって、二人の論理を明示することに成功している。また長い上映時間にも関わらず退屈しないのは、観客を探偵にするという探偵小説の鉄則をきっちり守っているからに他ならない。二人が謎を解く過程を傍観者として見守るのではなく、同じ目線で証拠を見ることで観客も思わず考えてしまうつくりになっている。
　それでも本作が物足りないのは、そもそも原作が描こうとしていると思われる時間を切り捨てたからである。これは長いストーリーを短くしてしまったということではなく、一族の歴史、事件の起こった土地が経験した時間を感じさせる描写が少ないためだ。時間は年月日、一瞬を切り取った写真、ネット上の情報で表現され、台詞は切り詰められている。本作では事件の核心たる一族が脇役になってしまっている。これは一族の黒い肉体を探偵役の二人が引き受けているためでもある。だが観終わって考えると、このストーリーの面白さは、時間と土地にあるのだと思わざるを得ない。
　主役の二人のキャラクターを前面に押し出したことで、得たものと失ったものがある、ということなのかもしれない。本作は最初から最後まで時間という物理的制約との戦いを強いられていたように思われる。
公式サイト
http://www.dragontattoo.jp/
<iframe width="560" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/xv3TDfGCjQo" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

◇関連作品◇
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<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=httpwwwshiget-22&o=9&p=8&l=as1&asins=415179252X&ref=tf_til&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>
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]]></description>
         <pubDate>Tue, 14 Feb 2012 19:19:48 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=248</guid>
      </item>
      
      <item>
         <title>回想するための人生－イーストウッド監督最新作『Ｊ・エドガー』</title>
         <link>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=247</link>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.shigetake-on-demand.com/images/20120202213139.jpg" rel="lightbox"><img src="http://www.shigetake-on-demand.com/images/20120202213139_m.jpg" width="200" height="112" alt="コラム154.jpg" border="0" /></a>

回想するための人生－『Ｊ・エドガー』作品評価☆☆☆（作品評価）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　文・転坊

　奇妙な映画である。初代ＦＢＩ長官だったフーバーが実は…といった話ではない。政治的駆け引きの裏に人間ドラマがあった、あるいは冷酷な権力者にも人間くさい側面があったという話でもない。そういった要素はふんだんに盛り込まれているのだけれど、実は…という部分が信頼できない語り手(主人公)によって相対化されている。犯罪行為ではなく思想を取り締まる主人公の主観に歪みがあったとしたら…その点を執拗に追及する構造になっているのだ。不完全な部分があるとはいえ、やはりイーストウッドにしか作れない映画だといえる。
　観る前の予想に反し、本作は全盛期の主人公よりも回想する老いた主人公に焦点を当てる。レオナルド・ディカプリオはじめ主要なキャストが精巧な老けメイクで演じているその姿に、作り手の意図をうかがうことができる。回想する視点として現在の老いた主人公を位置づけるのではなく、老いた身体、若き日の活躍を美化し、誇張しながら語る姿、昔と同じ手法で大統領をコントロールできると思い込んでいる姿、醜い主人公をこれでもかと追いかける。若き日を回想して、最後にきれいに死んでストーリーを終わらせるのではなく、醜い現在を描くために過去の姿を描いているのが本作なのだ。実際、主人公の最期はとても主人公自身が望んでいたとは思えないような姿である。若き日と現在を別の俳優が演じていたならば、これほどギャップを感じさせることではできないだろう。若き日の姿に老けメイクを施すことによって、老いた現在の主人公が若き日の姿に執着していることが示される。またその姿は主人公の語りによって造形されたものであり、美化されている可能性もあるのだ。
　本作の複雑な構造は老いた主人公を否定するだけではない。同棲相手との愛情、母親との愛情、個人秘書との関係など、友達も恋人もいないと言われた主人公は、わずかに求め求められた相手との関係を維持したまま、老いを迎える。本作はこのような主人公を肯定的に描いているように思われる。ただし孤独な権力者とそれを支えた周囲の人間という単純な構図ではなく、女装シーンなどを描くことで、一見周囲と隔絶しているけれども周囲の愛情を求めた人間という輪郭を描き出すことに成功している。
　ただ本作は完璧とはいえない。上記のような意図をくみ取っても、なお老けメイクに無理を感じる部分がある。またレオナルド・ディカプリオのキャリアの中で最高の演技かもしれないと思いつつ、本作の複雑さを表現するにはまだ足りないようにも思う。ストーリー展開も断片を組み合わせる高度な構成になっている反面、伝記なのに時間の積み重ねや流れが感じられず映画全体を冗長にした部分もあった。
　誰の手にも余るようなテーマを力技で作り上げ、長く心に引っかかるような映画を作るのが最近のイーストウッドだとすれば、本作も間違いなくその一つに数えられる作品といえるだろう。

公式サイト
http://wwws.warnerbros.co.jp/hoover/index.html
<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/jII0CpIKpcY" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

◇関連作品◇
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=httpwwwshiget-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B004FGLVTO&ref=tf_til&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>
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         <pubDate>Thu, 02 Feb 2012 21:38:00 +0900</pubDate>
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      </item>
      
      <item>
         <title>どこにもいけない水たまり‐映画『ヒミズ』</title>
         <link>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=246</link>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.shigetake-on-demand.com/images/20120130002713.jpg" rel="lightbox"><img src="http://www.shigetake-on-demand.com/images/20120130002713_m.jpg" width="200" height="148" alt="コラム153.jpg" border="0" /></a>

どこにもいけない水たまり‐映画『ヒミズ』作品評価☆☆☆☆（満点は☆４つ）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　文・転坊

　ベタで、いつものような暴力描写もあるのに、今回は違う。染谷将太の演技が未熟で、コントロールされていないからこそ、映画全体がお約束にならず一定の緊張感をもったままラストへ突き進む。ドキッとさせる表情があるかと思えば、拙い台詞回しや頑張れよといいたくなる芝居もある。でもとにかく大声を出し、殴られるその演技は、いくつかのシーンで確かにあの震災後の世界と共鳴している。
　ボート屋という設定が効いている。原作は未読なので、池の雰囲気や水面から出た小屋といった風景が誰の手によるものなのかはわからないが、本作ではこの不気味な水溜りが終始存在感を示す。ボートを使って漕ぎ出すのに、結局元の場所に戻ってくるしかない。水溜りはそんな閉塞感をためこんだ場所である。主人公は坂道を下って、何度もボート小屋へ戻ってくる。主人公の父親も同じだ。外の世界で何かをつかもうとするが、結局ボート小屋に戻ってくるしかない。その背後にはやはりどこにもつながっていない水溜りが広がっている。津波の被害を絡めた演出が全て成功しているわけではないが、風景としてのインパクトが津波のエピソードも呑み込んでいる。感動的なラストシーンも、この風景がなければ成立しない。
　水たまりや空の色、瓦礫の山を背景に繰り出される台詞やストーリーは全てストレート勝負だ。主人公が自分と同じ心持ちの人間を見つけるシーンは、戯画的でステレオタイプであるが、主人公の心情が投影された一つのファンタジーとみることもできる。でんでんに病気だと言われる主人公の主観は明らかに歪んでいるが、発作的に人を刺した男がいうように、主人公が読む詩にあるように、自分が何かという感覚を失ってしまっている。喪失と狂気という構造は単純であり、退屈な側面もあるのだが、そこへ震災の風景、瓦礫の中で叫ぶ男たちの姿が挿入されると、かすかな化学反応を期待してしまう。主人公の辿る道がありふれた思春期の懊悩やエディプスコンプレックスにも収斂してしまうような家族関係に彩られているとしても、震災の喪失感を一つの人格で受け止めて反射するという役割を負った途端、複雑で先の見えない映画としての緊張感が生まれる。
　暗い側面も含めファンタジー的要素の強い本作にリアリティを与えているのは父親役の光石研の演技である。ただのろくでもない暴力男ではなく、どうしようもない弱さと、息子に対する複雑な感情を見事に表現している。父親の演技に存在感がなければ主人公の行動に説得力は生まれなかっただろう。
　本作の後にも震災をテーマにした映画は製作されるだろう。本作のベタさを考えれば、本作を超える演出はいくらでもありうるかもしれない。だが、今被災地の風景をこの物語、彼の演技にぶつけたことには大きな意味がある。今しか切り取ることができない、感じることができないリアリティが本作にはあるのだ。
公式サイト
http://himizu.gaga.ne.jp/

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         <pubDate>Mon, 30 Jan 2012 00:31:43 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=246</guid>
      </item>
      
      <item>
         <title>面白いものをそのまま－映画『ロボジー』</title>
         <link>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=245</link>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.shigetake-on-demand.com/images/20120118220520.jpg" rel="lightbox"><img src="http://www.shigetake-on-demand.com/images/20120118220520_m.jpg" width="200" height="133" alt="コラム152.gif" border="0" /></a>
面白いものをそのまま－『ロボジー』作品評価☆☆☆☆（満点は☆４つ）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　文・転坊

　ベタな笑い、というのとは少し違う。１００％コメディ映画なのだが、コメディ映画のお約束とも少し違う。面白く撮るのではなく、面白い状況や面白い人をそのまま撮っている。その点で「ウォーターボーイズ」のシンクロシーンを想起させる。もちろん優れた演出がなければ面白い状況や人物を作り出すことはできないわけだが、状況や人を優先する矢口史靖の姿勢が、断片的で棒読みなのに力強い映画を生み出している。
　主人公(五十嵐信次郎)とロボットおたくの女子大生(吉高由里子)の演技がいい。五十嵐はほとんど演技になっていない、というか演技をしていないのだが、おかげでジジイ呼ばわりがよく似合う。善人ではなくいろんな欲にまみれた人物として描かれているのもいい。本作は年老いた人間に対する中途半端な敬意など一切なく、老人ってこんなもんだろ、という視線を忘れない。老人会のお芝居のしょぼい感じと、その場でなお嫉妬する主人公は、ロボットに扮してからも他のロボットに対抗心を燃やす。そこに人間味というものがある。女子大生が急に性質の悪いストーカーに変貌するあたりは、探偵調の展開にのせて、サークルなんて、ファンなんてこんなもんだろ、という視線を感じる。一見ほのぼのしたストーリーでも、人間に対する見方がとても意地悪で、だから観客は爆笑できる。
　本作は上記のような人間観と最新のロボットを共演させることで、ロボット工学への批判もしくは風刺になりえている。本作ではロボットであることと人間であることがくるくる入れ替わる。ロボットのふりをした主人公は思った以上にロボットにみえる(これはデザインの勝利である)。人間は思っているよりずっとロボットの中に溶け込めるのだ。ロボットのコスチュームを着たコスプレおじさんとの出会い、主人公が入ったロボットと同じ機能をもつロボットの開発など、嘘から真が出てまたそこから嘘が生まれるという展開の中でロボットと人間の境界がどんどん曖昧になっていく。同時に、人間に似たロボットを作ることなど全く効率的でなく有益でないとの批判に対し、人間的なロボットの魅力を全面的に展開することで応えている。
　また努力することや努力が報われることを、一瞬で否定する矢口節も健在である。一生懸命考えてつくったロボットが一瞬で壊れるシーンが何度か登場するが、全てをかけて作ったものが壊れる瞬間は爽快で面白い。他方で適当に始まった計画が本当のロボットを生み出す過程も逆説的である。女子大生の情熱も一つの否定的な言葉で反転し、真相を確かめるべく進む調査もなんだか間抜けである。情熱を傾ける姿とそれが否定される姿、この両方が意地悪な視線から描かれている点に矢口作品の魅力がある。
　同じ物語を違う監督がとったら、もっとなめらかで面白みのない作品になっただろう。意地悪な視線と唐突な展開といった矢口作品の魅力がさく裂するとともに、以前と比べて登場人物を突き放していないようにも感じられる。次回作品のテイストはどうか、見る前も見た後もわくわくさせてくれる稀有な監督である。
公式サイト
http://www.robo-g.jp/index.html

関連作品
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         <pubDate>Wed, 18 Jan 2012 22:13:22 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=245</guid>
      </item>
      
      <item>
         <title>書評　未来の無意識に期待する－東浩紀『一般意志2.0』</title>
         <link>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=244</link>
         <description><![CDATA[書評　未来の無意識に期待する－東浩紀『一般意志2.0』－
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=httpwwwshiget-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4062173980&ref=tf_til&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　文・転坊

　連載時に続いて書籍化された本書を再読すると、論旨の明確さとともに、未来へ賭ける意識を強く感じる。ルソーの「一般意志」を読み替える作業で始まる本書の結論は、情報技術(ニコニコ動画)を使った大衆の無意識の可視化に止まる。どのような無意識が可視化されるのか、可視化された無意識に熟議を担う専門家がどのように対決するのか、これらの点は全て本書の提案が実現した未来に委ねられている。
　本書の主張を要約すると次のようなものになる。高度に複雑化した問題や政策に対しては、全ての領域について判断力を有する知識人は存在せず、ある領域についての専門家も他の分野については大衆の一人にすぎない。現代において、ハーバーマスやアーレントが主張するような、「選良」が公共的な熟議を通じて何かを決定するという方法は困難であるというだけでなく、非現実的とさえいえる。他方で情報技術が発達した現代においては、ニコニコ動画に顕著に現れているように、匿名の無意識を集合的に可視化することが可能になりつつある。今ネット上で可視化されている大衆の無意識はルソーが「一般意志」と呼んだものに近いと著者は考えている。ルソーの主張を改めて読み返すと、ルソーは「一般意志」を計算可能なもの(和と差の組み合わせによって量として表現しうるもの)と考えていると著者は読む。そして計算可能な「一般意志」とはまさにグーグルに代表される情報技術と重なるものだと考える。もはや自らが何を欲しているかも分からなくなっている現代の大衆には、情報技術を使って自分たちの無意識の欲望を可視化することが必要になるのだと。著者は熟議を担当する専門化が、可視化された匿名の無意識を意識し、それにおもねるのではなくむしろ大衆の無意識と対決し大衆を説得することこそ民主主義を機能させる一つの方法であると述べる。熟議とデータベース(集合的な無意識)の組み合わせこそ本書の要諦である。
　本書は未来の大衆と政治家に賭けている。可視化された大衆の無意識は本当に可視化に耐えうるものなのか、どのような内容をもつものなのか(数値でしか表現し得ないものなのか、何らかの言語的内容を伴うものなのか)、著者にもわからない。現在のニコニコ動画をモデルに考えるとしても、政治の場においてどのような形になるのかは未知数である。何より現在ニコニコ動画を利用している若者が、ニコニコ動画を利用していない高齢者の無意識が反映されるかもわからない。他方で可視化された無意識と対決する政治家の反応も読めない。可視化された無意識を無視することは難しいだろうという著者の読みには同意するものの、「対決」がどのような形で実現するかはやはり未知数である。本書が50年後の読者に向けて書かれた、あるいは夢を語っていると著者自身が述べる背景には、本書の提案が未来に委ねられたものだからである。同時に本書は、本書に続く具体的な提言があってこそ生かされる、政策決定システムのプラットフォームなのだ。
　例えばエネルギー政策に関わる政策決定で本書の提案が実現されたとすればどうだろう。原発を含むエネルギー政策は長期の全世代に関わる非常に複雑なシステムであるが、原発推進か脱原発かという問題に絞れば、二項対立的な構造に収斂する。原発推進派である政治家が質問、答弁を行っている姿に、脱原発を訴えるコメントが次々と重なり、流れていく。コメントを見た政治家は、言葉遣いや表現、主張までも変えるだろうか。脱原発は集合的な無意識として一定の方向性を示すだろうか。
　そのとき政治家は誰に語りかけるのだろうか。集合的な大衆とはどこにいるのか考えるに違いない。よく見知った支持者や業界団体の関係者の顔が浮かぶのだろうか。もしかするとそのとき浮かぶのは大衆としての自分自身の顔ではないだろうか。専門家として政策決定の場にいる政治家が、大衆の一人である自分自身の欲望と対決する。匿名の集合的無意識はそのような幻影を引き起こす。これは大衆の側にも当てはまる。一人一人が飛ばしたコメントは何気ないものであっても、集合しデータベースと化した無意識は醜いものかもしれない。著者がフロイトを引き合いに出して述べるように、大衆は自分自身の欲望と向き合うのである。集合的無意識が選良と大衆にとって自画像たりうるのは、「一般意志」が絶対的な一つの、匿名的な存在だからである。「一般意志2.0」が実現した時代においては、誰もがみんなの欲望(＝自分自身の欲望)と対決し、自分自身を説得する。そしてそれこそが熟議の第一歩なのである。
　
◇関連作品◇
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]]></description>
         <pubDate>Tue, 03 Jan 2012 08:26:08 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=244</guid>
      </item>
      
      <item>
         <title>書評　かぎ括弧の呪縛－川上未映子『すべて真夜中の恋人たち』</title>
         <link>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=243</link>
         <description><![CDATA[書評　かぎ括弧の呪縛－川上未映子『すべて真夜中の恋人たち』
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　文・転坊
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=httpwwwshiget-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4062172860&ref=tf_til&fc1=000000&IS2=1<1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>

　素晴らしい地の文が続くかと思えば、唐突に場面が転換し登場人物たちがどう生きるべきか語り始める。『ヘブン』ではこのアンバランスさが衝突や葛藤となり弁証法的にいくつもの「べき論」をまとめ上げていたが、本作では各部分がメモ書きのように散乱したまま小説が終わる。散乱した各々の場面は強く光り輝いているのだが(以下ネタばれあり)。
　校閲を生業とする冬子の一人称で展開する本作は、三束さんという男性との恋愛のような関係を軸にすすむ。仕事仲間でもある聖は冬子と対照的な生き方や考え方をもっており、同級生の早川や恭子さんの行き方を横目に見つつ、冬子は恋愛のような関係を行きつ戻りつする。本作の登場人物はそれぞれが「べき論」を体現しており、語り手である冬子は一見受動的に見えながら、それぞれの「べき論」に対しきっちり価値判断を下している。奔放な生き方を貫く聖、その聖を批判する恭子さん、夫や子どもを中心に生活する早川、ここに女性誌のコピーが登場し、冬子はいずれでもない生き方を(無意識的に)選択し、かつ聖以外の生き方に否定的な姿勢を示している。男性については恋愛対象となった三束さんに対し、高校時代の性交渉の相手である水野が否定的な存在として描かれる。
　冬子以外の登場人物は、長々と各々の「べき論」を語る。彼らは一般の人々でありながら極めて論理的に語るため、作者の主張反証が強く現れている。だが彼らの主張が弁証法的に高めあって何らかの結論に至ることはない。なぜなら作者の価値観は冬子の一人称に最も強く反映されているからである。加えて冬子は聖のように自分の価値観を他人にぶつける性格ではない。相手の話をきき、なにか違うという違和感を心の中で表明するだけである。だからこそ最も強く完璧な否定になる。早川や恭子は冬子に否定されるためだけに登場しているとさえ言える。結果的に主張しない冬子がとても強い人間として小説の中に存在することとなる。本作がメモ書きであるような印象を与えるのも、冬子に否定される周囲の人間が一面的な印象を与えるからである。
　本作が最も輝くのは、地の文で描かれる冬子の内面や五感を描写する場面である。特に三束さんを想い自分の体の感触を確かめる場面は場面全体が融解するような柔らかい感覚を読者に与える、素晴らしいものである。このような描写が後半を中心に頻出することで、本作はどんどん加速し、一つのクライマックスを迎える。作者の最も優れた資質が触覚を解した描写と的確な文章の構成力にあることは疑いない。情景描写と三束さんへの思いが交錯する一続きの場面だけで本作は十分成り立ったであろう。いや、それだけで成立させるべきだったのかもしれない。
　本作では登場人物たちの台詞を区切るかぎ括弧がひどく窮屈に思える。作者の主張や、主張を補強する反証があふれんばかりに、ぎゅうぎゅうとかぎ括弧の中に詰め込まれ、地の文を侵さないように収まっている。作者の類希な力量を考えれば、かぎ括弧に収まった台詞が全て地の文にあふれ出しても、論理的かつ抑制的で、でも柔らかさをもった作品になったようにも思う。かぎ括弧を使って話している登場人物たちは人ではなく純粋に小説の一部分になっている。そのような本作の特徴が前面に出ていればまた違った作品になったのではないだろうか。
　「べき論」は三束さんすらも抽象的な存在にする。片思いだから抽象的なのではなく、冬子と三束さんの関係こそが本作ではあるべき姿になるからである。三束さんがある種の嘘を抱えていたことも本作では否定的に作用しない。冬子が接していた、想っていた三束さんは抽象化されたイメージだという事実が強化されるからである。本作の素晴らしい点は、抽象化された関係や思考が、作者独自の肉体描写によって具体的な形をもって小説を構成している点である。他の作者であればとっくに崩壊している内容が小説たりえているのである。本作は前半で積み上げたエピソードが後半に至ってさほど機能していなくとも、強い感銘を与える。小説が不可避的な時間軸に沿って何かを積み上げていくものだとすれば、本作は小説として破綻しているといえるし、言葉の力で積み上げたものを無化する場面を作り出すものだとすれば、本作ほど小説らしい小説はない。



シゲタケ・オン・デマンド　フロントマンよりご挨拶

どうも。
新年あけましておめでとうございます。
2011年激動の年でしたけれども、皆々様、2012年も激動の年になると思いますけれども、お体に気を付けて共に生きてまいりましょう。

2012年はフロントマンらしい行動をいたしますので、
それなりに、
ご期待くださいませ。

生きてるだけでいいんです。

2012．1.1 シゲタケ

]]></description>
         <pubDate>Sun, 01 Jan 2012 15:32:33 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=243</guid>
      </item>
      
      <item>
         <title>楽しげなスパイたち‐『ミッション・インポッシブル　ゴースト・プロトコル』</title>
         <link>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=242</link>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.shigetake-on-demand.com/images/20111220194944.jpg" rel="lightbox"><img src="http://www.shigetake-on-demand.com/images/20111220194944_m.jpg" width="200" height="133" alt="コラム151.gif" border="0" /></a>

楽しげなスパイたち‐『ミッション・インポッシブル　ゴースト・プロトコル』
作品評価☆☆（満点は☆４つ）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　文・転坊

オープニングを見てこれはヤバいと思ったがもう遅い。導火線に火がつき、のろのろとミッションは始まっていた。全編にわたって何となく動きが遅く、無駄なやり取りが多い。登場人物たちはスパイのわりに喜怒哀楽をあらわにするのだが、感情もいまいち伝わってこないので観客としては辛い。
チーム戦が今回の売りのようだ。組織全体がなかったことにされようとしている時、崖っぷちの4人がチームワークを発揮し核戦争の阻止に奮闘する。トム・クルーズの魅力だけではない、というのは本作の魅力になりうると思うが、一人のほうが効率的なのではないかと思えるのが残念だ。チーム内の無駄なおしゃべりが多く、いざミッションが開始されると残り何秒みたいなシーンが散見され矛盾を感じる。素人(メカニック担当)をチーム内に巻き込むことはリスクを組み込むことであり、描き方によってはスリリングな場面を生み出す。だが本作ではただ間抜けなスパイにしか見えず、チームから排除したほうがよいのではないかと思われる。
チーム内のエピソードも上手く機能していない。ミーティングのシーンでは、メンバーが一応筋のとおった提案をしているのにチームリーダーたるトムが一喝する。であればそもそも話し合う時間がもったいない。各メンバーの過去が明かされるのだが、演技のせいか、本筋と無関係なせいか、響いてこない。エピソードに割く時間が少ないことに加え、決着のつけ方が伏線を伴わない乱暴なものであるため共感できない。シリーズ内で一つのストーリーにしたいのは分かるが、今後もシリーズが続くとすれば、もっと小出しにするべきだろう。
アクションもさほど良くない。危険なミッションを涼しい顔でやってのけるか(スーツの汚れをはらう程度)、泥臭く遂行するか(傷だらけ)、という二つのタイプの選択は007シリーズでも繰り返されてきた。本シリーズはどちらかといえば後者であると思うが、本作では泥臭いという程度を超えて、単にみっともないシーンが多い。予告編でも登場したドバイの高層ビルを駆け上がるシーンは、その難しさを考慮しても、失敗しすぎである。逆に絶対ダメだろうと思うアクションで生き残るのが不自然に感じられる。立体駐車場でのアクションシーンも間が抜けている。
アクションの連打であるはずなのに、時折退屈するというのはアクション映画として致命的である。本作のコミカルさを原点回帰として評価するむきもあるかもしれないが、迫力不足は否めない。敵の設定や主張も全くリアリティがないわけではないが、もう少し現代風にアレンジしてほしいところだ。
公式サイト
http://www.mi-gp.jp/
]]></description>
         <pubDate>Tue, 20 Dec 2011 19:50:35 +0900</pubDate>
         <guid>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=242</guid>
      </item>
      
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         <title>ページをめくる愉悦－映画『タンタンの冒険　ユニコーン号の秘密』</title>
         <link>http://www.shigetake-on-demand.com/?eid=241</link>
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　　　ページをめくる愉悦－『タンタンの冒険　ユニコーン号の秘密』作品評価☆☆☆☆（満点は☆４つ）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　文・転坊

　「ジュラシックパーク」と同等の衝撃、というのは言い過ぎだろうか。アニメはここまでできる、CGはここまでできる、３Dはここまでできる、何より映画はここまでできるんだ、そんな希望で胸がいっぱいになる。スピルバーグは「タンタン～」を描くためにこの映像を創り出したのではない、この映像を叩きつけるために「タンタン～」を使ったのだ。
　冒頭何分かで物語はどうでもよくなる。非常にわかりやすい物語で、台詞がなくとも理解できる。タンタンとスノーウィーと船長が動くことが大事なのだ。モーションキャプチャーを駆使した映像は単に実写に近づいただけではない。そこには確かにアニメでしか実現できない手触りがあるのだ。最も重要なのはリズムだ。サスペンス(宙づり状態)と予定調和のバランスが絶妙で、紙芝居をめくるようにぐんぐん引き込まれていく。実写であっても同じリズムで俳優を動かすことはできるだろう。だが複数の俳優を、犬も交えてリズミカルに動かすことは難しい(生身の俳優や動物を使って人工的なリズムを作ることにあまり意味はないともいえる)。スピルバーグは生身の人間を映画のリズムに乗せるためにアニメを使っている。その結果、ただリアルなだけではなく、ただ漫画チックなだけでもない新たな映像を創り出すことができた。
　３Dの使い方も素晴らしい。このコラムでも現在の３D映画は飛び出す映画に止まっていることを指摘してきたが、「アバター」のように世界(環境)を体感させる方向での表現も完成されているとは言い難かった。では３Dは結局CGアニメで一番威力を発揮するのか。本作はそんな疑問に見事に答えている。本作の映像は飛び出すというよりも奥へ奥へと向かう。劇場の幕が開いて奥行きを体感するように、紙芝居がめくられたとき新たな世界(場面)が登場するように。奥へ奥へと観客を引き込んだところから、アクションでこちらへ向かってくるという前後の揺さぶりがこの上なくスピーディーなのだ。加えて狭い室内の場面で急に爆発したり、物が散乱したりする場面は３Dが２Dの世界をぶち破る感覚を与える。他の作品が無意識のうちに行っていた(行っていなかった)演出を配置することによって３D映画の教科書ともいうべき作品になった。
　本作でぜひとも触れておかなければならないのは、冒頭のアニメーションの素晴らしさである。冒頭のアニメーションは漫画、アニメというべき映像なのだがこれが絶品なのだ。数々の素晴らしいオープニングシーンを作ってきたスピルバーグだが、本作もその一つに位置づけられるだろう。だが本作がこれまでと異なるのは、オープニングにアニメーションを使って実写につなげるのではなく、新しいアニメーションにつなげる点である。オープニングから本編への移行を見た観客は、スピルバーグの作った映像が、今までのアニメや映画を超えるものではなく、新しい扉を加えるものだということに気づかされるのだ。
公式サイト
http://tintin-movie.jp/
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◇タンタン関連作品◇
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◇コラム関連作品◇
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         <pubDate>Wed, 07 Dec 2011 21:13:04 +0900</pubDate>
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